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意外な苦痛

 「自分の声って変な声」と言うのはよく言われることで、自分の声を録音したものを聞くと予めイメージしていた自分の声との違いに驚くのである。そして思うのである。「この変な声、誰」。勿論私も「自分の声って変な声」と思っている派であり、初めて自分の声を聞いた時には「これ、誰?」と思ったものである。それでも長い人生、いやいやそれほど長かぁないが、何度も自分の声が録音されたものを聞く機会はあったわけであり、自分の声がどの程度変な声かは知っていたりする。「この変な声は自分である」という認識も出来ている。なので、今更自分の声を聞いて「いや~ん、変な声!恥ずかしい!聞きたくない!」などと思うこともないのである。

 ふと、自分の喋りを数分に亘り聞くことになり。それに対しては前述の通り「聞きたくない!」などと今更思うこともないし、「これ、誰」などと思うこともないのである。

 ところが、「自分の声」は分かっていたのであるが、意外な落とし穴が待ち受けていた。

 「自分の喋り」である。

 私の喋りとはどういうものであるか。日常会話の喋り。「自分の声」を初めて聞いた時と同じく漠然としたイメージを持ってはいないか。実は持っていたのである。戯れで自分の声を録音する機会はあったものの、まともな会話を数分にわたり聞き取ることは経験がなかった。つまり「自分の喋り」に対する認識は出来ていなかったのである。

 それは「大人の喋り」である(かも知れず)。さらに言うと「大人の女の喋り」である(かも知れず)。また「落ち着いた喋り」である(かも知れず)。おそらく「そこはかとなく女の色香」も漂っているに違いない(かも知れず)。

 (かも知れず)と言うのは全て想像の域を超えず、まさしく「勝手なイメージ」であるのは仕方ないとはいえ、これはいったいどういうことであろうか。

 自分の喋り、そこには「大人の喋り」もなく勿論「大人の女の喋り」も存在せず況してや「落ち着いた喋り」などとは程遠いものであり、「女の色香」って何?である。敢えて言うなら「ガキくさい」である。驚愕。私ってガキくさい喋りだったのか。予想通りに早口で想像ほどは聞き取りづらいこともなくやっぱりカミカミ女王であり、それでもこうも自分で思っていたイメージと違うものなのであろうか。「喋り」というよりは「口調」というのか。んー、なんと言うか意外と言うか失望というかイメージがたがたと言うか、うーんうーん



 これ誰。


 まさにそんな自分の喋りであった。意外な苦痛である。

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