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馬鹿親として

 なんだかあっという間に「いじめ」と「自殺」から「善意」と「転載」に話題が飛びまくっていて、まったり気質の私としてはこの慣れないキーボードを使ってのタイピングでは同じ程度に追いついていけないわけである。既にブラウザのタブも限度目いっぱいまで開かれていて(尚且つ閉じられている物もあったりして)、興味を惹かれた記事が行方不明なのである。(こんな時こそブックマークを使うべきであった…)

 さてさて、「いじめ」と「自殺」に関して言えば、私にもその心配をしたくなるお年頃の娘たちがいるわけで、幸いにも今までのところ苛められた(と本人が感じた)ことはなく、じゃぁ、苛めた経験はと言えば、とりあえずはなさ気である。「とりあえずはなさ気」というのも甚だ曖昧であるが、私という人間から生まれてきた上に私という人間に育てられた私の娘たちは、何故か驚くほど正義感が強い。「何故か」と言うのはつまりは、私はそれほど正義感の強い人間でもなく、娘たちの「おまえったら正義感強いのね」エピソードを聞くと、こんなママでごめんなさいとか心の中で謝ったりするくらいである。(勿論、幼少時特有の正義感、というのもあるかもしれないし、馬鹿親の目を通しているからというのもあるかもしれない)

 ただ、いじめる方にしろいじめられる方にしろ決して「うちの子に限って」はありえない。いじめられる方に関して言えば、報道などで時折目にするように自殺に発展されるのだけは馬鹿親としては防ぎたいわけで、じゃぁその為に何が出来るかといえば、実際にはその場に直面しない限りわからないのである。

 私は子供を愛しているが、だからと言ってその行動に注意を払って、敏感に不穏な空気を見極めることが出来るかどうか、無言で発する危険信号を察することが出来るかどうか、甚だ自信がない。今まではできた。でもこれからも出来るかどうかは分からないのである。

 だから子供に言う。

 何があったって死ぬほどのことはないさ。この世の中知らないことは山ほどある。その山ほどの知らないことを知らないうちに死ぬくらいなら、学校変わったって良いじゃないか、引っ越したって良いじゃないか、今が苦しいからといって未来もずっと苦しいとは限らない。死ぬ前にやれることはたくさんあるし、きっとそのやれることの中には親である私が「大人の力」で出来ることもあるはずだ。学校を敵に回すことも、時には逃げることも、それから「大人の知恵」を使ってできることも少しはあるかもしれない。だから「もう死にたい」なんて思った時には、ちょっとだけこの親を頼ってみてくれ。最後の最後で良いから、ちゃんと思い出してくれ。

 勿論馬鹿親なので、どの程度彼女たちにこの数年前に言った言葉が届いたのか分からないし、どの程度彼女たちの力になれるかどうか分からない上に、どの程度彼女たちが「親」としての「大人」としての自分を認めてくれているか分からないわけであるが、それでも彼女たちの「最後の逃げ場」にはなってやりたいと、馬鹿親ながら思うのである。

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